経年触感データセット / keinen

使い込まれた日用品の「手触り」を記録したオープンデータセットです。

v0.4 | 件 | 最終更新 2026-08-XX | CC BY 4.0

なぜ作ったか

触感のデータセットは、いずれも新品の素材サンプルを実験室で計測したものです。実際に使われた後、そのモノの手触りがどう変わるのかを記録したデータは、調べた限り見当たりませんでした。

理由は単純だと考えています。同じ製品を3年間追いかけて計測する縦断調査は、コストが見合わないからです。

一方で、一般の家庭には「すでに時間が経過した実物」が無数にあります。そこで、縦断調査を横断調査で代替できないかを試したのが、このデータセットです。

標本一覧

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現時点でわかったこと

n=の観察です。統計的な主張ではありませんが、既存の素材データからは出てこない性質が見えています。

経年は、接触部位の関数である

回答者は変化の場所を、自分の触れ方で説明します。「摩擦がおきる部分だけ特に毛玉の量がすごい」「寝る時に触れる部分が穴が空いている」「よく触る部分は、柔らかかった表面の毛並みがなくなっている」。10年以上使われた革手袋については、「指の部分、実際の指のように関節毎に横皺が入り、特に人差し指は表面が擦れている」という記述がありました。一つの製品の中で経年は不均一に進み、その分布は使い手の動作を写しています。均質な素材サンプルでは原理的に記録されない性質です。

実際、一つの製品に相反する手触りが同時に選ばれる例が複数あります。ある椅子には「ざらざら」「すべすべ」「ごわごわ」「ふにゃふにゃ」が同時に選ばれていました。

経年は、必ずしも劣化ではない

「角が取れて丸くなり滑らかになっている」(10年以上使われた定規)、「表面がざらついて乾いた感じ とても使いやすいです」(タオル)、「ベタつきがほぼほぼないのでまだまだ使えると思っている」(シャープペンシル)。加速試験や耐久試験が測るのは劣化ですが、所有者は同じ変化を、使いやすさや愛着として語ることがあります。

用意した語彙では取りこぼしがある

自由記述には「パサパサ」「ボソボソ」「チクチク」「ヨレヨレ」「ベタつき」といった語が現れますが、これらは選択肢に用意していませんでした。特に「ベタつき」(樹脂グリップの加水分解)と「チクチク」(痛覚に近い感覚)は、現行の15語がカバーしていない次元です。

参考にした考え方

このデータセットを整理するにあたり、以下の考え方を参考にしています。いずれも専門外からの援用であり、解釈の誤りがあれば私(熊谷)の責任です。

触知覚の5次元と、触り心地の階層

素材の触知覚は、マクロ粗さ・ミクロ粗さ・硬軟・摩擦・温冷の5次元で表現されるという整理があります。また「触り心地」は、この価値中立な知覚の層の上に、感性(Rich/Poor/Elegant など)と嗜好(Like/Dislike/Comfort)の層が重なる階層構造として捉えられています。

このデータセットが記録している「使いやすい」「気持ち良い」といった表現は、知覚の層ではなく、その上位にある感性・嗜好の層に属します。上位の層ほど物理特性と直接対応しないため、工業的な設計が難しい領域とされています。

岡本正吾「粗さ・摩擦・硬軟・温冷の触知覚機序: 触感・テクスチャはこうして感じられている」

摩擦における「なじみ」

トライボロジーには「なじみ」という概念があります。接触する2つの表面が、幾何形状だけでなく材料学的・化学的な変化を伴いながら、その環境において低摩擦を発現する界面を自己形成していく過程を指します。自動車の「慣らし運転」がこれにあたります。

一つの製品の中でも部位によって経年の進み方が異なること、また同じ変化が劣化とも改善とも語られることは、この枠組みで説明できる部分があると考えています。

ただし、時間スケールが大きく異なる点には注意が必要です。工業的な摺動面における「なじみ」は摩擦の繰り返し数にして数十から数千回の範囲で観察される現象であり、本データセットが扱う数年単位の日常使用とは直接対応しません。あくまで、表面の変化を捉える見方としての援用です。

足立幸志「摩擦における“なじみ”の化学」化学と教育 72巻3号 (2024) doi:10.20665/kakyoshi.72.3_100

オノマトペの言語化

日本語のオノマトペ(「しっとり」「さらさら」など)がどの知覚次元の組み合わせとして成立しているかを、官能評価と物理計測の両面から明らかにする研究が進められています。

Kikegawa et al., “Physical origin of a complicated tactile sensation: ‘shittori feel’”, R. Soc. Open Sci. 6, 190039 (2019) doi:10.1098/rsos.190039
Kato et al., “Recognition Mechanism of the ‘Sara-sara Feel’ of Cosmetic Powders”, J. Oleo Sci. 70(2), 195-202 (2021) J-STAGE

データの取り方

計測機器を使わないため、物理量は取得していません。記録しているのは「所有者本人が、その手触りをどう言語化するか」です。

なお、本データセットは所有者本人の言語表現のみを記録しており、価値中立な知覚次元(粗さ・硬軟・摩擦・温冷)を独立して評価する設計にはなっていません。この点は今後の収集で改善予定です。

ダウンロード

keinen-v0.4.csv(画像へのパスを含む)

ライセンス:CC BY 4.0

処理スクリプト:scripts/build.py
回答者の氏名・メールアドレス等は、この処理の時点で除外しています。

@misc{keinen2026, title = {keinen: A dataset of tactile descriptions of worn everyday objects}, author = {Kumagai, Keiji}, year = {2026}, note = {v0.4, CC BY 4.0}, url = {https://keinen.pages.dev} }

ご意見・ご連絡

このデータセットの設計について、率直なご意見をいただけると助かります。「この軸には意味がない」というご指摘も歓迎します。

また、特定の製品について「実際に使われた後どうなっているか」を調べたいという需要があれば、条件を指定した収集も承ります。

Keiji Kumagai / CACTUS TOKYO Inc.

English

keinen: A dataset of tactile descriptions of worn everyday objects

Existing tactile datasets measure pristine material samples in laboratory conditions. Data on how the feel of an object changes after years of actual use does not appear to exist — longitudinal studies tracking the same object for years are prohibitively expensive.

However, households already contain objects that have aged. This dataset substitutes a cross-sectional approach for a longitudinal one: owners photograph and describe their own worn possessions.

v0.4 contains records. Each includes a close-up photograph, the owner's free-text description of the current feel, a comparison against how it felt when new, years of use, and usage frequency. Collected via crowdsourcing; no specialized equipment. Released under CC BY 4.0.

(The comparison field is present for a subset of records; it was added back to the survey after v0.1 collection began.)